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last virgin

フジとまぁ。同棲して四年の年の差カップル。まぁ。は解離性同一性障害の闘病中です。その為、それに関した記事も多くなります。普段は仲良く2人で生きています。そんなこともブログに書けたらいいな。Twitterしてます→Lastvirgin28

虐待についての話

自分の「存在」を疑ったことはありますか?


この言葉は『消えたい~虐待された人の生き方から知る心の幸せ』という本の帯に書かれているものです。
著者は精神科医の方です。

虐待をされた子供はどのような後遺症をのこして大人になっているのか、
なぜ「死にたい」ではなく「消えたい」と被虐待者は言うのか、
児童虐待とはどういうものか、
そして回復の道へ、
などなど中身は詰まっています。
だいぶ前に読んだ本なので記憶は曖昧ですが、「確かに」って納得することが多かったです。

この本を開くと、まず書いてある言葉があります。



「人生の幸せは、三つのことが実現できていればいい。
➀美味しく食べることができる
➁ぐっすり眠ることができる
➂誰かと気持ちを通じ合うことができる

これが、私が被虐待者(異邦人)から教えてもらった最初のことである。」


この3つを私は今まで出来ていませんでした。
ご飯とは美味しくないものだと思っていた、味がないものだと思っていた。
フジに出会うまでそうでした。フジと出会ってご飯がとても美味しいです。
ぐっすりと眠ることができる。は今でも正直難しいです。
薬を飲んで眠っているのは、強制的に意識をなくさせるような感じで不快感があります。(そして眠剤の副作用は一日怠く続く)
誰かと気持ちを通じ合うことができる。
これはとてもとても難しいことです。
私は私が経験してきたことを誰かと通じ合うことはなかった。
主治医とは唯一出来ているのかもしれないけれど、それでも主治医はたった一人しかいなくて沢山の患者さんを診ています。
フジは私の病気を理解しようとしてくれているし、一緒に乗り越えようとしてくれる。
ほんとうにそれはとても嬉しい。
けれども、フジに私が生きてきた中で感じてきた感情は分からないのだと思います。

「虐待」とは恐ろしいものです。

多分普通の家庭で育った人は分からないくらい、想像の範疇を超えるくらいにそれらは悲惨なものです。
だからこそ私も何人もの精神科医に診てもらいましたが、正直言うと精神科医といえども、彼らが「虐待」で受けてしまった傷の重さをちゃんと理解しているとは私は思えませんでした。
本当に理解している精神科医はほんの一握りなのだと思っています。



本の中で
虐待をされた子供が亡くなったニュースを見て、「三歳の子が死んでよかった」という男性の話があります。


「先生、虐待のニュース知っていますか?」と彼が聞くので、私は「ええ知っていますよ」と答えた。
それから彼は押し殺したような重い声で話し出した。

「先生……、僕は三歳のあの子が死んでよかったと思います……」

えっ?と私は声に出さなかったが、驚いて彼の方を見た。
「僕もあの時、消えていればよかったんです。そうすれば、こんな苦しい人生はなかったはずです。生き残ったばっかりに…」



そうです。
彼も被虐待者だったのです。
恐ろしいことに私も同じような事を昔から思っていました。
虐待で死んでしまった子が羨ましい、と。

私の言葉は残酷に聞こえますか?
けれど、それくらい虐待とは恐ろしくて、悲惨で、救いがないんです。
その傷を抱えて生きなければいけない。
目には見えないから分からないだろうけど、虐待を受けた人たちはみんな血だらけになって這いつくばって生きているんじゃないか、と思っています。
どんな虐待でも、それらは少なからず生きていく中で影響を与えてしまう。
例えば私が受けた虐待は継続性の問題はなく、「ある」ということだけで一線を超えた重度虐待と本に書かれています。

私は自分が受けてきた過酷な日常によって、普通は手に入らなくなりました。
毎日が悲しくて、苦しくて、フジがいるのに、「消えたい」とふと思ってしまうのです。
疲れ果ててしまう、そんな日々でどうやって生きていくのか試行錯誤して、疲れながら、ゼーゼーと心の中で吐いては、出来る限り辛さを表に出さずに笑っています。
普通の世界で生きていくには、笑って明るくて社交的でなくてはなりません。
そうしないと生きていけないのです。
けれど本心はもう涙で溢れています。

じゃあ「もう疲れちゃった」と言えば休めるのでしょうか?
答えは「NO」です。
1日も休むことは出来ません。
1日くらい休んだって良いじゃん、ゆっくり過ごしてさ、何にもしないでいたら良いじゃん。
と思われるかもしれません。
けれど、この病気は絶対にひと時も離れてはくれないのです。
眠れば悪夢、金縛り、幻聴。
起きていれば幻覚、怠さ、フラッシュバック、強迫観念、他人格の声など。
逃げ場なんてどこにもないんです。

ここまで書いてきて、私は救いのない話をしているのかもしれません。
それでも何故私が書こうと思ったのか。
正直私にも分かりません。この文章を打っているのは私ではなく違う人格なのだから。
けど私は書かなくてはいけないのです。
もしかしたら、この記事を読んだ誰かが精神疾患の辛さや虐待がどれだけ恐ろしいものなのかを知ってくれて、身近にも虐待されている子供がいるかもと思い気にかけてくれたら嬉しいです。
決してあなたは無関係な世界だと思わないでくれたら、それは本当にありがたいです。




子供にとって絶対的に安心できるのが両親です。その両親からの虐待は言葉では言い表せないほどのものです。
だから本当は子供が少しでもSOSをあげていたら、親から引き離してほしい。
最近のニュースを見ていると、子供を親元に返すという馬鹿な行為をしている世の中に吐き気がします。
多分そういうのが私はとても許せないのかもしれません。
少しずつ世の中が変わっていって、もう「あの時消えた方が良かった」なんて言う被虐待者が増えない事を望んでいます。

少しでも虐待の危険性を分かっていただけたら嬉しいです。
人生が壊れてしまう事。
他者の悪意によって。
それはもうどうしようもないくらい自分でも嫌になるほどの憎しみを抱えなければいけません。


少し話は変わります。
私は最近、気持ちが通じ合える人と出会えました。最初に書いた3つのことの➂になりますね。
とても大切な友人です。
実はこのブログの読者だったので、このブログにはとても感謝しています。
同じ境遇の人と話すと、少し楽になったりするもんですね。
「ああ、私が異常なわけではない」とひとりぼっちな世界にふっと優しい光が入ったような気がします。
分かち合えることがとても救われます。

縁を大事にしたいです。
フジとの縁、親友との縁、あの人との縁、そして大切な友人との縁、大切な友人の大切な人との縁、このブログで出逢った人々との縁。
いつか「生き残ってて良かったんだ」と思える日がきますように。
今ある大事な縁を抱きしめたいと思います。


最後まで読んでくださってありがとうございます。
何か思うことや聞きたいことがあったら、Twitterにてリプなどくださったら返信しますのでお気軽に!
世界が少しでも変わりますように。


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